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ゆるしいろ


ステイホームは嫌いではないが、強制されると別のものになる。5月下旬、久しぶりに訪れた蕪島。ウミネコの鳴き声はまるで讃美歌のように、後頭部を経由して鼓膜の内側で響き、濃淡でつながる空と海は同じ色に見えた。この色に名前はあるの? 潮の香りはノスタルジーとも違う、紛れのない記憶をノックする。呼吸は海底を飲み込むかのように深くなるばかりで、全ての細胞は伸縮しながら、呼吸できる液体と共に体内を巡る。私はこの場から動けなくて、同じ構図で何度もシャッターを切った。

 昔祖母が「蕪島食堂」を営んでいたこともあり、蕪島には幼い頃からよく遊びに来ていた。食堂と言っても、漁師たちが昼からコップ酒を飲んでいる小さな酒場だ。支払いはお金ではなく、木箱に入ったサバやイワシ。黒ずんだ背中の青色としろがね色に光る腹がアルコールと混和された匂いは、希釈せれずに咽頭を通り過ぎて食道の辺りにこびり付く。酔っ払った漁師が腹巻の中から千円札を出して、これで好きな物買えとお小遣いをくれた。祖母と漁師たちは、いつもけんかをしているように見えたが、皆元気で勢いがあって本当は仲が良いのではないかと、幼いなりに思った。

 かつては写真にタイトルや説明分を付けることに抵抗があった。「この写真はこういう見方をしてください」と押し付けているような気がするし、見た人が自由に解釈すればよいと思っていた。しかし今は、展示する以上、何をどういう気持ちで撮ったかなど、伝える努力は必要だと思っている。毎年10月に開催される八戸市美術展。今年から委嘱作家となり蕪島で撮影した写真2枚を出展した。1枚は、多重露光的なモノクロ写真。もう1枚は、穏やかな海、夕映えの中飛ぶウミネコ。タイトルを付けなければならないのだが、ちょうどいい言葉が、なかなか浮かばない。この写真で伝えたいところは、何だろう? いつもそうだが、その時の私自身だ。そして今回は更に色だった。撮影時、肉眼で見たそのままの色を残せるように、色温度などを細かく調整した。色に関する名前をネットで調べると、膨大な量の色名が出てきた。その中で日本の伝統色である『聴色』が目に留まった。初めて目にした名前だった。意味を調べると、聴色とは、紅花で染められた淡い紅色。紅花は古代、高価な染料であり、それを用いた紅染めも色が濃くなるほど高額だった。そのため、濃染の紅色は皇族や身分の高い人にしか使用を許されない禁色とされ、逆に誰にでも着用が許された色が聴色である(参考:インターネットサイト「伝統色のいろは」)。聴色と書いて、ゆるしいろと読む。なんて素敵な名前なんだろう。意味が分かると更に好きになった。視覚と聴覚が交差し、色が聴こえてきたような感覚に陥ったそのままを表現できる言葉だと思った。誰しもにゆるされた色は、誰しもに愛されている色だと解釈した。幼い頃の記憶にもゆるしいろが存在し、今を形成している。ゆるしいろが、聴こえるでしょうか?

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