12月の思い出。
高校を卒業後上京した私は 練馬区の錦という町で 新聞配達をしながら、 専門学校に通っていました。
新聞奨学生というやつです。
代々木オリンピックセンターでの 二泊三日の研修のあと 配属先の販売店の店長が迎えにきてくれました。
はじめの一週間だけ 先輩が配達に付き添ってくれます。
朝刊、夕刊、集金 それらにまつわる、申し送り事項を聞きました。
ここは、ドカタアパート。 全員ドカタ。 1階の一番奥が親方。 午来 ゴライって、珍しい苗字でしょ。 ゴライは、 人相悪い系?
顔、怖いけど なかなか、いいオヤジだよ。 集金は、溜めずにちゃんと払ってくれるし。
こんな感じで、 お客さんの特長などを 細かく教えてくれた先輩は 二年間、新聞奨学性をしながら 予備校に通い、 その春、めでたく志望校に合格したのでした。
そして、初めての集金。 ゴライとの対面。
本当に、怖い顔だった。
肌着にステテコ、ベージュの腹巻 左瞼の上にある傷のせいでか 左目は、半分も開いていない。
そんな目で、
「このアパートに来るの、 五時ちょい前位だろ? 明日から、新聞 ポストに入れる時 ピンポン押して、オレを起こせ。 オレが返事するまで、鳴らせ。 わかったか?」
いいオヤジ?
どこが?
新聞配達に、
オレを起こせ
なんて言う人、
いいオヤジな訳ない。
けど、
こんなに怖い顔をした人を目の前に はい。
以外に、どうゆう返事ができるのか・・・
それから毎日、 私はゴライを起こし続けたのでした。
玄関は、年中 内側からチェーンが掛っているけど ドアに履物が挟んで少しだけ開いたまま。
大体、2.3回のピンポンで 「おー 起きたぞー」 という声が聞こえる。
たまに、 返事が聞こえなくて 何度も何度もピンポンを押していると 「ぅるせえなぁ、もう 起きてるよ」と 機嫌の悪い声。
冷静に考えると なんで私が、
ゴライを起こさなければならないのか? になるけど、
そんな事は考えても どうにもならい事であって。
そんなこんなで
12月のある朝。
アス オコスナ フクロ アゲル
ドアノブに
ぶら下げられた紙袋に、
黒いマジックで書いてありました。
紙袋の中を見ると meijiの板チョコが10枚位 入っていました。
当時、 いつでも
お腹が空いていた私は その場で、
ビリビリとチョコの包装紙を破り イッキに食べていると
「朝から、んなもん食ってんじゃねーよ 早く行け!
配達間に合わねーぞ」と 少しだけ開いてるドアの間に、 強烈なアルコール臭
ゴライが立っていました。
東京での初めての冬は 想像以上に寒い毎日でしたが
ゴライの存在は
大きく暖かい思い出です。